各競技団体の声をもとに探した“いちばんいい角度”
松岡 制作したピクトグラムは、国際オリンピック委員会(IOC)・国際パラリンピック委員会(IPC)の承認を得られたら、いよいよ完成でしょうか。
廣村 僕もそう思っていたんですが、最後に各競技団体に確認を取る作業があったんです。そこで半分以上がガラッと変わりました。
松岡 半分以上も! 各競技のシンボルですから、みなさんの思いも強かったのでしょうね。
廣村 「スポーツをわかっていない」といった意味のことを何度いわれたことか(笑)。
松岡 そんなときはなんと?
廣村 「そのとおりです」。
松岡 うわぁ(笑)。
廣村 「映像しか知らないので、教えてください」と教えを乞いました。
松岡 アドバイスを聞いて、どう思われましたか。
「テニスのピクトグラムは、片手打ちのバックハンドでボールを待っています。予想外でしたが、あの瞬間はいちばん観客が息をのむんですよね」廣村 なるほどと思いましたね。たとえば、パラリンピックの柔道は視覚に障がいがある選手同士が闘うため、組んだ体勢から始めるんですよね。そこで組んでいる場面を絵にしたところ、「パラリンピックの柔道はほとんどの試合が一本勝ち。そのダイナミズムを表現してほしい」といわれ、巴投げに変更しました。
時代によって、競技の見せ場が変わっているものもあって、テニスはそれでバックハンドにしたんです。
松岡 テニスは「動」ではなく「静」の形だったので驚きましたが、いい瞬間を捉えられたと思います。
廣村 認めていただけて、よかったです。なにしろ、各競技団体がイメージされている写真や映像を探し出して、どの角度から見た形がベストかを検証する作業の連続でした。
「シンプルななかにリアルさ、アクティブさを追求しました」── 廣村さん
陸上競技のピクトグラムが完成するまでの変遷。全身の傾斜や筋肉表現、四肢のバランスなどを改良しています。Olympic Games Tokyo 2020 Sport Pictogram | Athletics(東京2020 オリンピックスポーツ ピクトグラム|陸上競技)松岡 ベストな角度というのは?
廣村 ピクトグラムにするのに最適な角度ということです。わかりやすくて、デザインとしても成立する形。
腕と足が重なっているとピクトグラムではわかりにくいなど、いろいろあるんです。シルエットが似ているものの差別化も難しかったですね。水球のシュートとバレーボールのスパイク、飛び込みとトランポリン。
松岡 廣村さんは今日本でいちばん、各競技関係者の思いをご存じですね。
廣村 いやいや、まだまだ深いなと思っています。これを作っている間は各競技の写真や映像しか見ていないので、ぜひすべて、現地で観てみたいです。と思ってたくさんチケットを申し込みましたが、全然当たりませんでした(笑)。
シンプルにするほど解釈は自由に
松岡 このピクトグラムは、同じものを見ても、人によって受けるイメージが、たぶんかなり違うと思うんですね。1人1人の感性で自由に捉えられるのがいいと思います。
廣村 おっしゃるとおりで、シンプルにするほど解釈は自由になっていきます。
ウサイン・ボルトが走っているシルエットにしたら、ボルトにしか見えない。それではダメなんですね。誰もが自分を投影できる形でないと、みなさんに親しまれるピクトグラムにはならないと思うんです。
松岡 そう思います。空手のピクトグラムは清水希容(きよう)選手の写真をもとに作られたと聞きましたが、僕には男性に見えました。73種類あるピクトグラムで、特定の選手に見えるものは1つもありません。
廣村 嬉しい誉め言葉です。