現役でいるために必要なのは変わらない情熱
松岡 羽生さんは引退についてはどのようにお考えですか。
羽生 棋士全般でいうと60歳くらいで引退する人が多いのですが、現役でいるためにいちばん大事なのは情熱だと思っています。今までの最長は加藤(一二三)先生の63年間なのですが、あの先生のすごさは、早くに強くなられたこと以上に、70代になってもテンション、情熱が変わらなかったところなんです。
松岡 なるほど!
羽生 年齢が上がってくると、棋士もだんだん枯淡の境地といいますか、あまり勝負にこだわらず、早指しで終えることが増えてくるのですが、加藤先生の場合は常に持ち時間をフルに使って夜遅くまで戦っていらっしゃった。そういうことができれば長く棋士でいられるというのはわかっているのですが、実際にできるかどうかはまた別の話で。
松岡 容易ではなさそうですね。
羽生 はい。加藤先生と同じだけやろうとしたら、あと30年近く頑張らなければいけないんですね。そう考えるとだいぶやる気がそがれるので(笑)、あまり先のことは考えず、目の前の1年1年に集中するのがいいのかなと思っています。
「いい手」は脳ではなく体に覚えさせる
松岡 羽生さんはスポーツもお好きだそうですね。
羽生 スポーツを観るのは大好きです。アスリートの人たちがそこに辿り着くまでに膨大な努力や情熱、時間を注ぎ込んでいるから、観る人の心を打つのだろうと思います。
松岡 それは将棋も一緒ですね! 僕はテニスでいいショットが打てたとき、すぐに繰り返し練習して体に覚え込ませるのですが、将棋の場合は脳に焼きつける感じでしょうか?
羽生 「いい手」が指せたときは、私も体に覚え込ませます。そうでないと瞬間的に指せないので。
松岡 意外ですが、脳ではなく体なんですね! 最後に、来年開催予定の東京2020 オリンピック・パラリンピックについて、ひと言いただけますか。
羽生 残念ながら1年延期という形にはなりましたが、開催されたときには間違いなく、オリンピックの歴史のなかで大きな節目となる、記憶に残る大会になると思っています。盛り上がってほしいです。
松岡 全く同意見です。今日は大事な対局の前日にありがとうございました。奥さまにも「よく頑張っていますね!」とお伝えください。
羽生 あははは、伝えておきます。
羽生善治さんより~
対談を終えて
実は羽生さん、松岡さんの名言満載の「修造カレンダー」ファン。「日本人に足りない栄養素をくれます」。松岡さんにお会いするのは今回が初めてでしたがイメージどおりのパッションの人でした。残念ながらリモートでの対談でしたが、その熱量は十分に伝わってきました。
一方でアスリートでもあり、テニスプレーヤーでもあるので、全体の組み立ても考えながらお話をされていて、クールでスマートな一面も知ることができました。
来年東京でオリンピックが開催されたときには大会を成功させるのに欠くことのできない存在になると思います。
選手のみなさまの偉大なパフォーマンスとともに松岡さんの活躍される姿を見るのを今から楽しみにしています。
撮影/鍋島徳恭 スタイリング/中原正登〈FOURTEEN〉(松岡さん) ヘア&メイク/井草真理子〈APREA〉(松岡さん) 取材・文/清水千佳子 撮影協力/日本将棋連盟
『家庭画報』2020年12月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。