これぞジュエリーの真髄 第9回(01) アールデコと真珠 有川一三氏が主宰する「アルビオンアート」の歴史的な芸術品の数々を、宝石史研究家の山口 遼さんの解説で紐解くジュエリー連載。第9回は、アールデコと真珠の魅力をご紹介します。
連載一覧はこちら>> 女性の時代を物語るアールデコ
アールデコというのは、美術史の上ではアールヌーヴォーと並んで説明されることが多いのですが、この2つは根本から異なります。
ジュエリーの世界では、アールヌーヴォーは、当時世の中にあふれていた手垢の付いた作品に飽き足らない宝石商やデザイナーが、それに反抗するような形で登場したのに比べ、アールデコの方は、美術よりも世の中全般の出来事から必然的に生まれてきたものです。
その原因は戦争です。1914年から18年まで続いた第一次世界大戦は、そのほとんどが欧州での戦争でした。これが今までの戦争と異なるのは、戦死者が膨大で一千万人を超えたことです。理由は簡単、武器の発達です。機関銃、毒ガス、戦車、初期の飛行機など、これまでにない武器が登場したのです。戦死者の多くは男性でした。一千万の人間が社会から消えるとなると、社会はまわりません。男性に代わって女性が働かなくては社会が動かない時代が来たのです。
ここで歴史上初めて、多くの女性が社会で働き、自分の収入を得て、自分で消費するという時代になったのです。僅か100年ほど前の話です。社会で働く女性にとって、曲がりくねって大柄なアールヌーヴォーのジュエリーや、やたら大きくてダイヤモンドだらけのベルエポックのものなど、使えるものではないでしょう。
1910年頃を境としてそうしたジュエリーは徐々に消え始め、もう少し小ぶりで、幾何学模様をデザインに取り入れた、使うのも容易なジュエリーが登場します。
通常のジュエリーの歴史では、そうしたやや男性的ともいえるものをデコと呼びますが、不思議なことに、戦争が終わった20年代頃から、小さくはなるものの、それまでと変わらない非常にデコラティブなジュエリーも並行して登場するのです。
事実、デコという名前の由来となったのは、1925年にパリでひらかれた大展示会でした。 そうしたデコラティブなジュエリーから見てみます。
1.[カルティエ 作 ジャポニスム]寺院と庭園のクロック
製作年代:1931年頃
製作国:フランス
1は置き時計。中国とも日本ともつかないオリエンタル調のものです。
2.[カルティエ 作]フルーツ・ボール・ブローチ
製作年代:1925年頃
製作国:フランス
2はトゥッティフルッティと呼ばれる、お盆に載せた果物を描いたブローチ。どうです、戦争の匂いなどどこにもない。とにかく綺麗ですね。
また、忙しく働く女性のために発明されたのでしょうか、この時代に登場するのがクリップブローチです。ピンを刺して留めるのではなく、スーツの襟やポケットの上のラインなどに、パチンとばねで挟み込んで使います。
3.[カルティエ 作]ダイヤモンドとロッククリスタルのダブルクリップ
製作年代:1930年頃
製作国:フランス
4.ペアの “トゥッティフルッティ” クリップ
製作年代:1930年頃
製作国:アメリカ
2つペアで自由にどうぞというものが多く、3と4はデザインも男性的ですね。
5.ダイヤモンドダブルクリップ
製作年代:1934年頃
製作国:イギリス(推定)
5は円形としても使えますし、左右2つに分けても使えるクリップです。
6.[ティファニー 作]ダイヤモンドとルビーのブレスレット
製作年代:20世紀初頭
製作国:アメリカ
7.[カルティエ 作]ダイヤモンドとプラチナのブレスレット
製作年代:1930年頃
製作国:フランス
6と7のブレスレットは、デザインの中に幾何学模様らしい四角や三角が見え、すっきりとしています。
8.扇形ブローチ
製作年代:1925年頃
製作国:フランス
何とも奇抜な扇状のブローチ8は、非常にデコらしいデザイン。
9.パパラチアサファイアのクリップ
製作年代:1930年頃
製作国:アメリカ(推定)
最後はデコの匂いを漂わせながら、堂々とした9。見事なパパラチアを使っています。いかにもこれからは女性の時代ですよという気分を感じていただけたでしょうか(第9回(02)に続く)。
※記事の写真は、下のフォトギャラリーからもご覧いただけます。