谷松屋戸田商店 季節の茶花 谷松屋十三代目当主の戸田 博さんが、茶席の花について語ります。11月の花は「水仙」です。
前回記事を読む>> 連載一覧>>
11月 水仙
追善の茶事
語り/戸田 博11月は炉の始まり、茶の湯にとってはあらたまりの月です。今月は戸田家の十二代鍾之助(しょうのすけ)を追善する茶席を設けました。2012年にこの世を去った父鍾之助は、戦後の混乱期の中で戸田商店を立て直した人でした。
本阿弥光悦の名碗「乙御前(おとごぜ)」を手に破顔一笑する在りし日の戸田鍾之助氏。古美術業界における著名な目利きの一人で、その感覚、目筋、言葉などが同業者にバイブルのように伝えられる。
あらためて父を思い、床の間には清拙正澄(せいせつしょうちょう)の墨跡「餞別偈(せんべつのげ)」を。鎌倉時代に中国から来日し、わが国の禅宗を深めた清拙が弟子に贈った言葉です。
禅僧が弟子に贈る強い言葉の前に、故人が愛した花入を置いて
水仙(すいせん)、菩提樹(ぼだいじゅ)
伊賀花入「岩かど」 桃山初期
清拙正澄の墨跡「餞別偈」に、伊賀花入の名品「岩かど」を置き、水仙の蕾と菩提樹を入れる。「ふつう墨跡には古銅を合わすのですが、鍾之助前会長の追善なので、お好きだった国焼きの花入を使いました」と小林さん(詳しくは次ページ)。
中に「他の阿師(あし)に接得(せっとく)せられて、黒山下の鬼窟裡(きくつり)に堕(お)ちんことを恐る」とあるのですが、意訳すると「お前さまが他のイカサマ坊主に口説かれて、つまらない外道界(げどうかい)に陥ることが心配だ」と、巣立ちゆく愛弟子を案じているのです。
鍾之助氏が好きだったという道具で組んだ茶席。点前座には芦屋釜の「園城寺(おんじょうじ)」が鎮座し、南蛮縄簾の水指の前に古瀬戸の仙台肩衝茶入がかざられている。
花入は伊賀、桃山初期のもので「岩かど」と銘が付いています。伊賀花入は、焼きものの花入の王様です。登り窯でかなりの高温で焼かれており、根底に力強さがある。信楽、備前なども同様で、これらは常に対比される仲間たちですが、伊賀は比較的花入が多く、備前などは水指が多い。
また自由な発想の形を表現しているのが伊賀の世界です。「岩かど」も特徴的な耳が付いて、胴の下の部分をグッと強く押して凹みがあります。一つ間違えば意匠がバラバラで無残な造形になるところを一つに収斂(しゅうれん)させ、見事な形になっています。
父が好きだった花入で、一度は父からとある名家へお納めし、後に私の手元に戻ったものです。筋の良い道具は長い時の流れの中で、このようにお客様とわれわれの間を行ったり来たりするものですが、道具としての真実がなければこの関係は成り立ちません。
茶道具を介して世の方々との交友を深めた父。清拙の言葉は、父の私への思いに重なるかのようです。イカサマ坊主に口説かれずにこれまで過ごしてきただろうか、ふと来し方を振り返るひとときです。