これぞジュエリーの真髄 第12回(01) 指輪の世界 有川一三氏が主宰する「アルビオンアート」の歴史的な芸術品の数々を宝石史研究家の山口 遼さんの解説で紐解くジュエリー連載。最終回は、極めて奥深い指輪の世界をお届けします。
連載一覧はこちら>> さまざまな意味が込められた指輪
指輪は、他のジュエリーと決定的に違うことがあります。それは、自分がつけたものを自分で見ることができるという点です。ですから指輪はジュエリーの中でも最古のアイテムで、その種類の多さは膨大です。さらに他との違いは、身を飾るだけではない、さまざまな意味が込められたものがあるということです。
1.[ルネサンス]キリストの磔刑のリング
製作年代:16世紀後期
製作国:フランスもしくはスペイン(推定)
最初に驚くべき指輪1をご覧ください。クリスタルの板の下には、象牙を繊細に彫り込んで、磔になるキリストの場面が描かれています。原寸2センチほどの小さな世界の中で、異様なまでの精密さです。16世紀頃に作られたものですが、信仰心の厚い人が使ったのだと思われます。
指輪は愛情の伝達という意味を持ち、さらに古代では印章として使われ、社会的な地位を示す道具になり、特定の組織のメンバーであることを表示し、中世には毒薬、香水などを運ぶ道具にもなっています。こんなジュエリーは他にはありません。
また、どの指にはめるかは大問題で、さまざまな説が記録されています。16世紀の著作では親指は医者、人差し指は商人、中指はバカ、薬指は学生、小指は恋人たち、という説が残っています。別の記録では右手は人差し指と小指、左手は薬指と小指が多く、どうやら中指はあまり好まれていません。
最初は美しい花の茎を指に巻き、やがて金、銀、青銅、鉄などを指に巻くことから指輪が生まれたのだと思います。その後、美しい石をセットするようになり、次第に複雑なものに変化していったのでしょう。
2.中世の皿形ベゼルのカボションカットリング
製作年代:5~6世紀
製作国:フランス
2は5~6世紀のもの。輪の部分に金を分厚く使い、丸くカットしたガーネットを爪留めではなく、金属の輪で留めています。こうした作りはダイヤモンドのポイントカットでも使われており、13世紀頃になっても作例があります。
3.[中世]スターラップ サファイアリング
製作年代:13~14世紀
製作国:未詳
3はサファイアのカボションカットで、装身具というよりも護符であったと思います。
中世になるとキリスト教をテーマにした指輪が登場します。
4.[中世]イコノグラフィックリング
製作年代:1500年頃
製作国:イギリス(推定)
4はキリストを背負って川を渡る聖クリストファーが彫られています。
5.[カーネリアンリング]カメオ “ピエタ”
製作年代:カメオ15世紀、リング後補
製作国:未詳
5はカメオ状に彫ったカーネリアン。死せるキリストを抱いて嘆く聖母マリア、ピエタの場面です。
6.[神聖ローマ帝国]皇帝フリードリヒ3世のシグネットリング
製製作年代:1440~1452年頃
製作国:ドイツ(推定)
6はおそらく公文書などにつけた封蠟に印章として押したのでしょう。サファイアをインタリオに仕立てたもので大変素晴らしい。日本にあるのが信じられません。
7.ブラッカムーア カメオリング
製作年代:18世紀初頭
製作国:イタリア
石の白い部分を髪の毛に見立て、目にダイヤモンドをはめ込み、顔全体をルビーで囲んだ7は、ブラッカムーアと呼ばれるアフリカのムーア人の女性をデザインしたカメオアビエ。カメオアビエの指輪は非常に珍しいものです。
ルネサンスの頃になると、サイファーリングと呼ばれるものが登場します。暗号指輪とでも訳しますか、文字や数字を宝石で描くもの。
8.サイファーリング
製作年代:1690年~1700年代
製作国:イギリス
8は初期のブリリアントカットのダイヤモンドでCBという文字をデザインしています。これが暗号なのか、人知れぬ団体のシンボルなのか、人のイニシャルにすぎなかったのかは不明です。
9.ダイヤモンド クラスターリング
製作年代:18世紀
製作国:イギリス
最後に、外形はペアシェイプで、ローズカットの大粒のダイヤモンドで花をデザインした9。1720年代にブラジルでダイヤモンド鉱山が見つかり、大きな石が入手できるようになった頃の作品です。
指輪の世界は実に面白いと思いませんか。
(第12回(02)に続く)
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