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同一の地名を由来に持つ「菊池」と「菊地」、全国的に多いのはどちらでしょう

2025.03.23

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墨アート製作/越智まみ

名字365 姓氏研究家の森岡 浩さんが日本人の名字を毎日紹介します。あなたの意外なルーツが分かるかも?知れば知るほど面白い、名字の世界をお届けします。連載一覧はこちら>>

菊池・菊地(きくち)

「きくち」と読む名字には、大きく分けて「菊池」と「菊地」の2つがあります。「池」と「地」という漢字は形が似ているだけで意味は違うのですが、この2つの名字は同じルーツです。

ルーツとなったのは肥後国菊池郡菊地、現在の熊本県菊池市で、平安時代にここを支配した藤原氏の一族が、地名をとって名字にしたのが始まりです。従って、本来は「菊池」でした。

この菊池一族の初期の支配拠点だった「菊池氏遺跡」は国史跡に指定されています。


以後、鎌倉中期の蒙古襲来(元寇)では菊池武房が活躍、南北朝時代には一貫して南朝に属し、その中心勢力として九州全土に勢力を振るうなど、菊池氏は九州を代表する氏族となったのです。

そして、戦国時代まで肥後の戦国大名として活躍しました。しかし、戦国時代中期に武包(たけかね)が死去すると急速に衰え、大友氏に敗れて嫡流は断絶してしまいます。

さて、九州に覇を誇った菊池氏は多くの庶流を出しました。しかし、本拠地の菊池氏が衰亡したため、一族は九州を出て各地に広がりました。その中で最も繁栄したのが東北に移り住んだ一族です。

江戸時代以前は、分家して他所に出ると名字の一部を変更するということがよくありました。東北に移り住んだ菊池氏の一部は、名字を「菊地」にしたといいます。

こうして誕生した「菊地」一族は、本来の「菊池」とともに東北一帯に広がりました。

現在は「菊地」が94位で「菊池」が109位と、「菊地」の方がわずかに多くなっています。

ともに東日本に多いのですが、分布には若干の違いもあります。本来の形である「菊池」は愛媛県・大分県・宮崎県など、本拠地熊本に近い県にも多い一方、「菊地」は西日本には少なく、栃木県から東北一帯にかけて広がっています。

菊池観光協会のサイト
森岡浩/Hiroshi Morioka
姓氏研究家。1961年高知県生まれ。早稲田大学政経学部在学中から独学で名字の研究をはじめる。長い歴史をもち、不明なことも多い名字の世界を、歴史学や地名学、民俗学などさまざまな分野からの多角的なアプローチで追求し、文献だけにとらわれない研究を続けている。著書は「全国名字大辞典」など多数。

墨アート製作 書家・越智まみ(https://esprit-de-mami.com/

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