スクリーンに映る風景は、主人公の経験や心境を通しての風景
視点を限定するという描き方に、本作で初めて挑戦した黒沢監督。「いつか撮ってみたい」という思いがあったといいます。
「娯楽映画では少ないんですけど、アート系で世界的に評価されている監督たちの作品にはそういうものが多くあって。リアリティをひしひしと感じることができるんです。今回は、このジャンルの映画にしてくれとか、メジャーな娯楽作品にしなければいけないとかいう制約がなかったものですから、チャレンジしてみました」
主人公・葉子(前田敦子)は、言葉が通じない中、バザールを目指して地図片手に一人でバスに乗り込み、見知らぬ街でさまよい、日暮れを迎え……。黒沢監督のチャレンジにより、観客は自分が葉子になったかのように、緊張したり不安になったり。
「映っている風景にももちろん何か物語を語ってもらいたいんですが、同時に、そこにいる主人公も観てもらいたい。だから、あまりに素晴らしい、美しすぎる場所だと、人物に目が行かないですよね。観客は景色に目を奪われてしまいますから。もちろん美しい映像もたっぷり撮りましたが、それはあくまで主人公が経験とか心境とか、彼女が置かれている立場を通しての風景で。そこから切り離して“ほら、こんなに風景が美しいでしょ?”というような映像は慎もうと思っていました。別の言い方をすると、見知らぬ国に行って、知らない場所をうろうろする人は目の前しか見ていませんから、だいたい街とか風景って、これぐらいに見えているだろうということを考えて撮りました」
スクリーンに収まる前田敦子さんのサイズが絶妙。葉子の緊張や不安がよりリアルに伝わり、観客自身が旅をしているような気持ちに。