事実とフェイクの見極め方を教える必要性
松岡 手紙は『いいなづけ』という小説の引用から始まっています。
スキラーチェ この小説には17世紀にペストが大流行した際のミラノの様子が描かれていて、私たちの高校がある通りも出てきます。ペストが人々に恐怖や絶望、諍（いさか）いなどをもたらしている描写から、今の私たちは学ぶことが多くあります。
松岡 そう考えると、人間は数世紀を経ても同じようなことを繰り返しているようにも感じます。その一因は誤った情報にもあると思うのですが、情報過多の現代において、その真偽を見定めるのは、子どもに限らず、難しいことではないでしょうか。
スキラーチェ そのとおりです。イタリアではこのウイルスが蔓延し始めた2月頃、「中国人に近づくと危ない」という科学的根拠のない噂が広まりました。学校の大切な役割の一つは、子どもが自分の頭で考えられるように導くことですが、これからは事実を伝えるニュースとフェイクニュースの見極め方も教えていかなければなりません。
松岡 大切なことですね。休校中、先生の高校ではオンラインの授業を実施されていたそうですが、率直にどのような感想をお持ちですか。
スキラーチェ オンライン自体は素晴らしいと思っています。ミラノにいながら、東京の松岡さんとこうして話ができるのもオンラインのおかげですし。ただ、教育とは何年にもわたって子どもの手を引いて一緒に歩んでいくことなので、やはりオンラインの授業だけでは限界があります。
松岡さんも子どもたちにテニスを教えていらっしゃるから、よくご存じだと思いますが、大切なことを伝えるためには愛情と情熱、そして実際に互いの目を見たり、触れ合ったりすることが必要です。
松岡 おっしゃるとおりです。コロナ禍においては、これまで以上に教育が果たす役割が重要になってくるのではないでしょうか。
スキラーチェ そう思います。教育を通して、子どもたちが「未来を読み解き、拓くためのツール」を見つけられればと願っています。
たとえば、歴史を勉強することで現在の危機を克服するヒントが見つかるかもしれません。科学の知識はウイルス対策に生かせるかもしれない。危機においては、教育の力がいっそう求められると思います。
「私たち人間は、もっと自然に敬意を払わなければなりません」──スキラーチェさん
松岡 先生はこの新型コロナウイルスをどのように捉えていますか。
スキラーチェ 自分は専門家ではありませんが、理解している範囲でいえば、このウイルスは人間と同じく自然の一部です。そして現在のコロナ禍は、人間による環境破壊で野生動物が本来の棲み処を追われ、人里に近づいたために引き起こされたのではないかと考えています。
私たち人間は、もっと自然に敬意を払わなければなりません。そのうえで、むやみに死を恐れるのではなく、自分たちの生活スタイルをある程度見直しながら、生きていくしかないのではないでしょうか。
友人と映画を観ることが特別な体験になった春
松岡 日本でも「新しい生活様式」という表現がよく聞かれます。今回の経験で個人的に変わられたこともあったのではないですか。
スキラーチェ 人間ドメニコとして最も変わったのは、「日常の些細なことが愛おしく思えるようになった」ことです。
私は映画が大好きでよく友人と観に行くのですが、この数か月間はまったく行けませんでした。明日久しぶりに行きますが、間違いなく特別な体験になるでしょう。できて当然と思っていたことが、ひと吹きの風で消えてしまうとわかった今、すべてが大切に感じられます。
松岡 僕も同じように感じている一人ですが、世界中の多くの人が改めて得た気づきかもしれませんね。
