瀧図金剛峯寺本坊の「囲炉裏の間」に描かれた『瀧図』。冬には僧侶たちが暖を取る囲炉裏と、「愛染明王像」を祀る祭壇をコの字形に瀧が取り囲む。千住さんにとって重要なモチーフである瀧の最高傑作が高野山で既に時を刻み始めている。「金剛峯寺にまだ絵のない白襖があるのが驚きでした。それも主殿に。おそらく描くのがいちばん難しいからこそ残ったのでしょう」と千住さんがいう部屋の一つ「茶の間」は若い僧侶が得度する際に剃髪する部屋で、「囲炉裏の間」は冬には火を焚き、僧侶たちが暖を取る部屋。お釈迦様の入滅の日には夜を徹して祈りが捧げられる部屋でもあります。
「つまり機能して使われている部屋なんです。どちらの部屋も絵のメッセージが強く伝わらなければいけない。なんとなくでは通用しない空間です」
そこに描くことのプレッシャーは、40年間画家を続けてきた千住さんといえどもただならぬもの。「ここから数㍍先まで歩けといわれたら誰でも歩けますよね。でもその両脇が切り立った断崖絶壁だとしたら、足がすくんで歩ける人は誰もいないと思う。まさにそういう状況でした」
世界遺産でもある金剛峯寺に作品が1000年以上ずっと残るということに対するプレッシャーといい絵を描きたいという交錯する思い。それが千住さんを完全に束縛してしまいます。
「だから見切り発車しました。でもそんなのでうまくいくわけがない。絵具もつかないし、構図もうまく決まらない。最初は森を描いたり海を描いたり、何回も何回も書き直したんです。でもしっくりこない。それで完成まで何年もかかってしまった」