『断崖図』の部分。崖が切れ光が差す。極彩色を秘めたモノトーン
「他の誰が助けてくれるわけでもない。絵の具の調合から始まり、下地、下塗りとたった一人の作業にひたすら打ち込みました」
瀧の背景は黒群青。そのブルーグレイは無限の組み合わせの中から、ワインレッドの柱の色を念頭に置き、岩絵具の色を調合。柱の色に引き出され、生み出された色です。
白い胡粉を上から流して描く瀧。今回表装を手がけたのは京都の老舗・静好堂中島。緊張の連続だという44面に及ぶ美しい表装は紛れもなく職人の技。重厚な引き手は元のものをそのままメッキしなおして使用した。実は、『瀧図』には明けの明星を描く予定でした。空海が修行を終えた時、明けの明星が口に飛び込んできたという話が空海24歳の著作『三教指帰(さんごうしいき)』に記されています。
『瀧図』の核心部。一段と大きな瀧が黒群青の背景に浮かぶ。「ところが、明けの明星を描こうと思って筆も絵具も全部揃えたのに、絵のほうがそれ以上いらないといってきたんですね。本当は床の間の奥の落とし掛けの見えないところに明けの明星を描こうと思っていました。絵なのか、背後にいらしたお大師様がおっしゃったのかわかりませんが、どうしても描けない。絵のほうがいらないといってきたその時が、44面の絵が完成した瞬間だったんです」
茶の間の『断崖図』の襖を開けると『瀧図』が見える仕掛け。