これぞジュエリーの真髄 特別編(02) 煌めきの日用小物 有川一三氏が主宰する「アルビオンアート」の歴史的な芸術品の数々を、宝石史研究家の山口 遼さんの解説で一年間お届けしてきたジュエリー連載。今回は特別編として、王侯貴族が愛用していた美しい日用小物をご紹介します。
連載一覧はこちら>> 当時の価値観から生まれたもの
8.[ジュリアーノ 作]モス・アゲートのヴィネグレット
製作年代:1890年頃
製作国:イギリス
当時の道路事情から生まれたものに、8のヴィネグレットがあります。
これはジュリアーノの作品で、卵のような形をしており、中央で開くようになっています。名前からもわかるとおり、ヴィネガー、つまり西洋酢を綿などに含ませたものを入れるもの。
どうして酢などを持ち歩くのか ── それは道路が汚く臭いから。高貴な女性は馬車で移動しますが、場所によっては猛烈に臭いところを通らなくてはなりません。そんな時に、この蓋を開いて強烈な酢の香りで嗅覚を麻痺させたのです。何とも大変な時代です。
この時代、女性たちは身のまわりの小物を机の上に放り出すようなことはしなかったようで、そうした小物をしまうための美しい箱がたくさん作られています。
9.[ジョルジュ・ルサッシェ 作]アイヴォリーボックス
製作年代:1893年
製作国:フランス
9は象牙に見事な彫刻を施した薄板を、エナメルの枠にはめ込んだもの。来信を入れる箱です。
10.縫い針ケース
製作年代:1680年頃
製作国:オランダ
10は精緻に植物模様を施したゴールドにエナメルで彩色し、アゲートをはめ込んだ裁縫道具入れ。
11.[ファベルジェ 作]ヴァニティケース
製作年代:1899~1908年頃
製作国:ロシア
11の細長い箱は化粧道具入れで、ファベルジェ作。賑やかなことです。
さて、現代の女性には激怒されるような日用小物をご紹介します。
西欧、とくに英国は恐ろしく男性中心の世界で、女性に対して暗黙の規制のようなものが横行していました。公共の場で女性が眼鏡を着用するのは望ましくないとか、女性が時計を見ることはエレガントではないとか、なんともはや、現代なら女性蔑視で打ち首になるような話です。
女性だって近眼にもなれば老眼にもなります。眼鏡は必要ですが、それをうまく隠すように作られたのがロニエットという道具です。
12.[ファベルジェ 作]ロニエット
製作年代:1910年頃
製作国:ロシア
12はファベルジェの作品で、素晴らしいギョシェエナメルの腕に円形のガラスがはまったもの。これをチェーンに通し、ペンダントとしてぶら下げていても、眼鏡には見えない。
13.[ティファニー 作]ロニエット
製製作年代:20世紀初頭
製作国:フランス
13はティファニーの作品ですが、レンズが2つ飛び出して、ケースの部分を握れば完全な眼鏡になる。用が済めば畳んでペンダントに早変わりというわけです。これで、レディにあるまじき眼鏡など知りませんと振る舞えるわけですが、ご苦労なことです。
時計もしかり。時計を見るのはエレガントではないとされても、時間は知りたい。だからジュエリーに隠すのです。
14.[ベルエポック]マリッジ・ラペル・ウォッチ
製作年代:1900年頃
製作国:未詳
14はバーから見事なブルーのエナメルとダイヤモンドのデザインが下がっており、裏側が時計になっています。よく見てください、12時が一番下になっていますね。これはぶら下がりの部分をそっと下から持ち上げて時計を見るためです。普通は3時の位置にあるリュウズも12時の上に付いています。
最後に、
前回の記事で紹介した1の壺の用途はわかりましたか?
1.[ファベルジェ 作]ギョシェエナメルのペアの容器
中央の突起を引き上げるとブラシになっています。これは切手を使うときに裏の糊を湿らせる道具。貴族の皆さんは切手を舐めて貼ったりはしないのです。
まあ、そんなことのためにファベルジェにこれを作らせるのが何ともすごいですね。ロシア革命が起きたのも理解できるような気がしてきます。
※記事の写真は、下のフォトギャラリーからもご覧いただけます。