【連載】阿川佐和子のきものチンプンカンプン
形見分けとなったお母さまのきものと積極的に向き合っていくことを決意した阿川佐和子さん。“チンプンカンプン”なことばかり……と迷走しながら、歩みはじめたきものライフを、小粋なエッセイとともに連載でお届けします。
連載一覧はこちら>>>「組み合わせの妙」── 阿川佐和子
「きものと帯は決まった。はて小物は?」ということで、“カリスマ着付師”の石山美津江さんからご教授。
子供の頃から、母がきものを着て出かけるときは、横に座ってその様子をじっと見守るのが習いになっていた。「何時に帰ってくるの?」「今夜はなにを食べればいいの?」「学校でね……」などと、鏡の前で着付けている母にあれこれ語りかける。
「豚汁、作っておいたから、あれを温めて。あと冷蔵庫にサラダとお漬け物があるわよ」
母が前もって畳に並べておいた帯やヒモ類、帯揚げ、帯締めを、私は着付け助手になったつもりで会話をしながら次々に手渡す。母は帯を片手で押さえ、もう片方の手で私からヒモを受け取り、仮締めし、両手が空くと、枕を帯揚げで包んで器用に背中へ回し、端を前で結ぶ。さてそろそろ仕上げだな。きものを着ない娘の私でも、帯締めが最後だということは知っていた。
「どれにするの?」
私が数本の帯締めを差し出して母に聞く。
「うーん。どれかしらね。これかな」
スッと私の手から一本を抜き、帯に当ててみる。
「なんか、違う」
そう言うと、再び私の手から別の一本を取り上げて、「うん、こっちにしよう」
迷う時間はさして長くない。でもなんとなく、母の判断は正しそうだと感じた。同時に、きものは洋服を組み合わせるときとはまったく別の感覚が必要なことを薄々学んだものである。
洋服なら、ブラウスとスカート、シャツとズボンなど、上下を組み合わせるとすれば、だいたい同系色を選ぶ傾向がある。ましてガラとガラを合わせるのはよほどの上級編。シロウトには難易度が高すぎる。ところが、きものの場合、きものと帯、さらに帯揚げと帯締めを、必ずしも同系色でまとめる必要はない。むしろ「え、このガラと、このガラを合わせちゃっていいの?」と驚くような合わせ方をして、「ステキ!」になるのだから不思議である。
今回、帯揚げと帯締めの組み合わせの技について、カリスマ着付師イッシーと、きもの編集者カバちゃんの元でレッスンを受けたが、結論から言うと、
「やっぱりわからない!」
ただ、
「訪問着や礼服などの場合の帯揚げは色物を使わない。白か薄いピンクやベージュまで」
「季節感を意識する」
「きものや帯の柄の中の一色を帯締めに使うとキリっとしまる」
「縮緬地や柄のある帯揚げは、紬など趣味性のある装いに」
「多色使いの帯締めは、使いにくいと敬遠せず、案外、お洒落になる場合があるので有効」
そんな基本的な約束事やコツがあるとはいえ、結局、限りある自分の帯揚げ、帯締めで、どう使い回すかを決めなければいけない。でもそれを面倒と思うより、楽しめばいいのだということだけは理解した。洋服に喩えるなら、服を身に着けたあと、アクセサリーを選び、靴を選び、
「あら、なんかイケてる?」
そんな喜びと似ている。
センスのいい着こなしをしている人に会い、「ああ、あんなペンダントもステキ」と真似をする。
そんな楽しみに似ている。
今後、もしかすると「その組み合わせは変よ」と出先で眉をひそめられるときがあるかもしれない。指摘されれば学習できる。そのとき「なぜ変か」を知ればいい。それまでは自分の感覚を信じて、好きなように組み合わせてみようではないか。数打ちゃ、いずれわかるだろう。帯締めと帯揚げの妙は、そういうことのように思われたけれど、ダメですかね?
「まずは、思いのままに置いてみるべし」とあれこれ試す阿川さん。
お持ちいただいた帯揚げの中には、お母様から初めて買っていただいたという総絞り帯揚げも。