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- 阿川佐和子さん、“気軽で高価”な大島紬のコーディネートを楽しむ
母のきものを整理していたら、思いの外、大島紬がたくさん出てきたので驚いた。大島紬は高価なものというイメージがあったからなおさらだ。貧乏文士(父のことです)が、そうたやすく手を伸ばせるわけがない。昔はさほど高いものではなかったのか。
いちばん驚いたのは、「佐和子が生まれたときに買った」と畳紙にメモ書きの残された1枚を発見したときだ。墨色の地に大小の花の図柄があしらわれたきもので、「花文泥大島」というのだと、きもの編集者のカバちゃんが教えてくれた。もはや70年の年月を経てしっかり生き残っているヴィンテージものである。
これを着て『徹子の部屋』に出演したところ、黒柳徹子さんにたいそう褒められた。
「まあ、いい大島ね。ステキ。珍しい柄ね。ほんとステキ。いい大島よ、それ」
何度も褒められたので、さらにいいものに見えてきた。大事にしよう。
母のきもの以外にも、自分で購入した大島を2枚持っている。かつて私のきものの師匠はダンフミであった。彼女に連れられて銀座の現代風大島専門の呉服屋さんを訪れた折、ダンフミに奨められるまま、なんだかよくわからないうちに高価な大島を2枚も買ってしまった。ちょうど二人で出した本が思いの外売れたあとだったので、その勢いもあった。
高価なきものを買ったのだ。知人の結婚披露宴や正式なパーティなどにどんどん着ていこうと張り切っていたら、
「大島はあくまで紬なの。フォーマルな場に着ていっちゃダメよ」
師匠ダンフミに止められた。
なんで? じゃ、どこに着ていけばいいの?
「気軽なお食事会とかコンサートなどはいいと思う」
気軽なお食事会やコンサートには、それこそ気軽な洋服を着ていきたいものだ。当時はそう思っていたので、せっかく買ったモダンな大島紬はなかなか出番が訪れなかった。
しかし大島紬に袖を通してみると、その軽さ、シャリシャリ感、さらに身体に張りつくような着心地の良さに驚いて、一気に魅了される。誰もが大島に憧れる気持がよくわかる。長く箪笥にしまいこんでいた大島も、母が残してくれた大島も、この際、どんどん着ていこうではないか。
果敢に決心したはいいけれど、いざ着ていこうと思うたび、 「はて、今日の会食は気軽な会なのか。大島を着ても大丈夫なのか……」
そこでふと手が止まる。この線引きの按配をしっかり理解できるまで、いったいどれほどの経験を積めばいいのだろう。出かける支度をするたびに、いちいちカバちゃんにお伺いの電話をかけるわけにもいくまい。
そして過日、出版社のラウンジで開催された「アガワの連載対談三十周年と古稀を祝う会。足して百年記念」という、なぜそこで30と70を足す必要があるのかわからないけれど、とにかくお祝いをしてくださるというので、くだんの高価なるモダンな大島を着て出かけることにした。馴染みの編集者の皆様との立食パーティだ。気軽気軽。おおいに楽しもう。
そして気軽になりすぎた。用意していただいたケーキをカットする際に、きものの袖を生クリームにべちゃりとつけてしまった。あっと気づいたときは時すでに遅し。拭いて舐めてこすってみたものの、シミは容易に取れるものではなかった。
気軽で高価な大島紬ととことん仲良くなれるまでには、まだしばらくの修練が必要と思われる。
撮影/森山雅智 伏見早織(本誌・取材) ヘア&メイク/田中舞子(VANITÈS) 着付け/石山美津江 構成・取材/樺澤貴子