【連載】阿川佐和子のきものチンプンカンプン
形見分けとなったお母さまのきものと積極的に向き合っていくことを決意した阿川佐和子さん。“チンプンカンプン”なことばかり……と迷走しながら、歩みはじめたきものライフを、小粋なエッセイとともに連載でお届けします。
連載一覧はこちら>>>「半衿問題 ポイントはざっくり」── 阿川佐和子
半衿付けをご教示いただくのは、本連載でもおなじみの“イッシー”こと石山美津江さん。
いざきものを着ようと思っても、そこにはいつも半衿問題が立ちはだかる。数ヶ月前につけたばかりだからそんなに汚れていないだろうと期待しながら確認してみると、あら、なんとなく薄汚いわね。その現実を目の当たりにした途端、まあ、今日はきもので出かけるのはやめようか。こうしてせっかく燃え始めた意欲が萎えてしまうこと多々である。
半衿を襦袢につけることが朝飯前の作業になったら、どんなにきものとの距離が近くなるだろう。そうとわかっているのに、もはや運針仕事から遠ざかって幾星霜。裁縫箱から針と糸を取り出して、老眼の進んだ目を細め(眼鏡をかけても見えづらい)、なんとか針に通し、糸のお尻に玉つけて、さてどことどこを合わせるのですか、イッシー先生!
そう、このたびはカリスマ着付師イッシー師匠の教えにすがることとした。
だいだい半衿こそ、この文明科学の進んだ今、マジックテープなんぞで一発ペタッと張ればオッケーなんてことにはならないのかしら。内心でブツクサ言いつつイッシー師匠のそばへ寄ると、きものを外表の状態で膝に乗せ、
「はい、まず衿芯を縫います。衿芯と着物の中心を合わせてまち針で留めて、右端からざっくりなみ縫い!」
まずは衿芯を慎重に縫い留めて。
ざっくりなみ縫いと言われても、生地が浮いて縫いにくい。
「そういうときはきものの端を右膝の下に挟んで固定させる。生地がピンと張って縫いやすいでしょ」
ははあ、なるほど。と、師匠の様子を覗くと、もはや端から縫い始めて中心を過ぎている。速い! 速いけれど、本当にざっくりだな。なみの間隔が5センチと1センチほどの繰り返しになっている。
「そこまでざっくりでいいんですか?」
「いいのいいの。留まればいいの」
こうして衿芯をきものに固定させたら、今度は半衿を縫いつける番である。
衿芯同様、半衿ときものを背中心で合わせたら、端を右膝の下に挟んで生地をピンと張り、ざっくりなみ縫いを進めるのだ。
ただ、車の運転と同じように、首の後ろの急カーブでは少し丁寧に、スピードを緩め、縫う間隔もやや縮め、ついでにカーブに合わせて外と内では針の刺す場所を調整することが必要になる。これは次の半衿の内側を縫うときにこそ気をつけるポイントだそうだ。
その半衿の内側(きものの裏側?)となると縫い方が変わる。すなわち、左右の端は衿芯を包むように織り込んで、ざっくりなみ縫いでいいのだが、背中心から左右合わせて30センチほどの部分に関しては、半衿を内側に織り込んだ上、ズボンの裾上げをするごとく、端まつり縫いにする。
「ここがちょっと面倒だから、背中心から始めて半分ずつ縫うほうが楽です」
こうして絡まる糸をほぐしながらなんとか縫い終えたものの、そのスピードは師匠から遅れること10分強。
「さすがベテラン! 速いですねえ」
すると師匠、
「見えないところは多少大ざっぱでもいいの。内側の見えるところはきちんとね」
なるほど。このざっくり感に慣れたなら半衿付けが苦にならなくなりそうだ。ただ一つ、個人的教訓。欲張って糸は長くしすぎないこと。必ず絡んで時間を食います。
衿芯の外側は端から端までひと思いに縫い付けるため、長い糸と格闘する阿川さん。