形見分けとなったお母さまのきものと積極的に向き合っていくことを決意した阿川佐和子さん。“チンプンカンプン”なことばかり……と迷走しながら、歩みはじめたきものライフを、小粋なエッセイとともに連載でお届けします。
連載一覧はこちら>>>「ワーナー ブラザース スタジオツアー東京 メイキング・オブ・ハリー・ポッター」のオープニング前夜祭にて。魔法の杖を手に、ポーズを決める阿川さん。撮影:山口昌利「レッドカーペット・デビュー」――阿川佐和子
突然ですが、レッドカーペットを歩くことになった。豊島園の跡地に誕生したハリーポッターのスタジオツアーのプレオープンイベントに招かれたからである。なぜアガワが? よくわからない。いずれにしろ生まれて初めてのレッドカーペット。たぶん二度とこんなチャンスは巡ってないだろう。二つ返事で承諾した。が、はて何を着て行けばいいのか。しばし考えて、「きものしかない」と思い至る。
ではどのきものを着るか。さっそく本誌担当編集嬢、きものエキスパートのカバちゃんに相談する。ちょうど私のきもの軍団の仕分けに協力していただいている最中だった。雑然と積み上げられたきものの山からカバちゃんが一枚を取り出した。
「これがいいですよ!」
母のきものではない。遠い昔、広島に住む伯母から譲り受けたものだ。
伯母は絵を描くのが趣味だった。キャンバスだけでなく、屏風やふすま、さらに台所の窓の外に立つブロック塀にまで絵を描いた。「だって殺風景でしょう」と、その発想は無限に自由だった。そんな伯母があるとき、畳紙に包まれた一枚のきものを差し出した。
「あんたのために描いたのよ」
えっ、まさか手描き? 仰天した。伯母が白地の生地に絵を描いて、仕立てたきものだったのである。柄は薄緑の地に赤いケシの花があしらわれた華やかなものだ。瞬間的に、派手! と思った。伯母は昔から派手好きだった。私は地味なものを好む年頃だった。ありがたく頂戴しつつも、おそらく着る機会はないだろうと箪笥の奥にしまい込んだままにしてあった。その派手なきものをカバちゃんが掘り当てたのである。
このきものにどんな帯が合うのだろう。次に登場したるは、いつも着付けをしてくださるイッシーだ。当初、帯は少しフォーマルなものがいいかと、金糸の入った帯をあれこれ当ててみた。が、どれもやや重くなりすぎる。すると最後にイッシーが手持ちの夏帯を貸してくださった。なんと軽やか。なんとケシの花とマッチするのだろう。
着付けていただいて我ながら驚いた。
「いいきものではないの?」
きものは眺めているだけでは似合うか似合わないかわからない。レッドカーペットを闊歩しながら私は誇らしい気持になった。そして先年、112歳で亡くなった伯母に改めて感謝した。こんなことなら伯母が元気なうちに着てあげればよかった。伯母ちゃん、ごめんね。
華やかなシーンだけにお太鼓結びではつまらないと、文庫結びの変形版“揚羽蝶結び”に、イッシーこと着付けの石山さんがアレンジ。出発前には、お手ふりの練習も(右)。レッドカーペットの終了後のオフショット。こちらの伸びやかなポージングは、列席したフィギュアスケーターの町田樹さん仕込み。