〔特集〕神々の気配を感じる 聖地・開運の地へ 聖地神の臨在を感じさせる場、神に祈りを捧げる場は、常に霊験あらたか。新しい一年が生まれる正月を機に、心新たに神々のもとを訪ね、深い感謝と祈りを捧げることで開運を祈願します。
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神々ゆかりのパワースポットで開運祈願
神々坐す日本の聖地へ
神々が降り立ち、坐した特別な場所であり、長い歴史のなかで人々の信仰を集め続け、大切に守られてきた聖地。あらたまの年、今なお神々の存在が感じられるゆかりの地で、開運を祈願しましょう。
聖域、熊野三山を巡る
御垣内(みかきうち)で参拝し、熊野本宮大社の主祭神、素盞嗚尊(すさのおのみこと)の異称である家津美御子大神(けつみみこのおおかみ)が祀られる本宮に、玉串を奉納する佐々木さん。左隣には伊弉諾尊(いざなきのみこと)と伊弉冉尊(いざなみのみこと)の異称である速玉大神(はやたまのおおかみ)と夫須美大神(ふすみのおおかみ)の夫婦神が祀られる結宮(むすびのみや)、右隣には天照大神が祀られる若宮が並ぶ。「私にとって熊野詣では、神々が宿る大きな自然の中にある自分を、見つめ直す機会にもなりました」。ジャケット65万7800円 パンツ12万9800円/ともにロロ・ピアーナ(ロロ・ピアーナ ジャパン)
佐々木蔵之介さん(ささき・くらのすけ)1968年京都府生まれ。神戸大学在学中に劇団「惑星ピスタチオ」旗揚げに参加。舞台、映画、ドラマで活躍。日本アカデミー賞優秀主演男優賞受賞ほか受賞多数。佐々木蔵之介ファンサイト「TRANSIT」会員限定コンテンツ配信。
未来の安寧を祈る
熊野本宮大社(くまのほんぐうたいしゃ)【和歌山県田辺市】
大斎原(おおゆのはら)。熊野川、音無川、岩田川が合流する中洲で、神が降臨した場所とされ、かつて熊野本宮大社はここに鎮座。明治22(1889)年の大水害で社殿の多くが流失し、水害を免れた4社が現在の地に遷座された。日本一の大きさを誇る鳥居には八咫烏(やたがらす)が。
紀伊半島の南西部にある田辺から熊野本宮に向かう中辺路(なかへち)、田辺から海岸沿いに那智に向かう大辺路(おおへち)、高野山から熊野本宮へ向かう小辺路(こへち)、さらに伊勢路が「熊野参詣道」として世界遺産に登録されている熊野古道。
平安時代の上皇や貴族は、京都から約300キロ歩いて中辺路を行き、まずは熊野本宮大社、次に熊野速玉大社、最後に熊野那智大社という順で、約1か月をかけてお参りしたといいます。
證誠殿の下部に設けられた長床(ながどこ)、あるいは籠縁(こもりえん)と呼ばれる場所に特別に座らせてもらった佐々木さん。神様に一番近い場所とされ、一つだけ願い事を叶えてくれるといわれている。
室町時代には武士や庶民の間にも熊野信仰が広まり、身分や性別を問わず参詣する人を受け入れ、絶え間なく続く参拝者の様子から「蟻の熊野詣」と称されるように。
「熊野に着いた瞬間から、“受け入れられている”という感覚になりました。実際に詣でると、さまざまなことが感じられます」と佐々木さん。万人を温かく受け入れる熊野。現在では、外国からの参詣者も数多く見られます。
熊野本宮大社社殿。左から、結宮、證誠殿、若宮。
熊野本宮大社住所:和歌山県田辺市本宮町本宮
TEL:0735(42)0009
参拝時間:7時~17時
那智山の中腹で熊野の神と御瀧の神を仰ぐ
熊野那智大社(くまのなちたいしゃ)【和歌山県東牟婁郡】
「熊野の自然の中には霊気が満ちています」と男成洋三宮司(左)。「生命力を感じますね」と佐々木さん(右)。
仁徳天皇5(317)年に那智山の中腹に社殿を設けたことが始まりとされる熊野那智大社では、男成洋三(おとこなりようぞう)宮司にご案内いただきました。素木のままの熊野本宮大社とは異なり、江戸時代に再建された社殿は朱塗りが華やかです。
平重盛のお手植えと伝わり、樹齢850年と推定されるご神木の樟(くすのき)。樹高は約27メートル、幹回りは約8.5メートルという巨古木。護摩木か絵馬を手に、空洞化した幹の中を通り抜ける「大樟胎内くぐり」をして祈願を。
八咫烏をかたどった可愛らしい烏みくじ(600円)。
「熊野三山は、本宮大社が来世を救済し、速玉大社が前世の罪を清め、那智大社が現世の縁を結ぶといわれ、信仰を集めてきました。神日本磐余彦命(かむやまといわれひこのみこと)が那智御瀧を見出されたあと、大和の橿原(かしはら)まで進まれ神武天皇として即位されました。神武天皇とその一行を道中案内したといわれるのが“八咫烏”です。三山それぞれ異なる意匠で掲げられ、当社にある“烏石”は、案内を終えた八咫烏が石に姿を変えて休んでいる姿と伝わります」と男成宮司。
「神々と先祖の魂が宿る“黄泉”といわれる熊野の険しい道を歩いて三山を参詣し、過去、現在、未来の安寧を願い、最後に那智御瀧のすさまじいエネルギーに圧倒される。参詣者は生まれ変わったような気持ちになります。まさに“よみがえり”ですね。私は、今をよりよく生きるための祈りの行為だと感じました」と佐々木さん。
原始の自然崇拝から始まり、今に続く熊野信仰。6世紀半ばに伝来した仏教、7世紀に起きた修験道とも、互いを排斥することなく柔軟に結びついたまま、人々の祈りを受け止め続けています。
熊野那智大社住所:和歌山県東牟婁郡那智勝浦町那智山1
TEL:0735(55)0321
参拝時間:6時~18時
ゴトビキ岩に降臨した神を祀る
熊野速玉大社(くまのはやたまたいしゃ)【和歌山県新宮市】
拝殿の向こうには、八社殿、上三殿、三神殿、速玉宮、結宮の5つの社殿が鎮座する。
自然がつくり上げた数々の神聖な場所、熊野三山に降臨した神々。熊野速玉大社においては、真南にある神倉山のゴトビキ岩に降り立った神々が、景行(けいこう)天皇58(128)年に現在の社地に遷(うつ)ったとされます。
平安時代に熊野三山造営奉行を務めた平清盛の嫡男・重盛のお手植えと伝わるご神木の梛(なぎ)。推定樹齢は約1000年で、国の天然記念物に指定されている。
主祭神は熊野速玉大神と熊野夫須美大神。伊弉諾尊(いざなきのみこと)と伊弉冉尊(いざなみのみこと)です。仏教伝来後は、熊野速玉大神が過去世を救済する薬師如来、熊野夫須美大神は現世利益を授ける千手観音菩薩と位置づけられ、神が仏の姿となり現れる「熊野権現」と称されました。
加えて、境内の熊野神宝館には足利義満などが奉納したと伝わる約1000点の古神宝類が収蔵され、国宝と重要文化財に指定されています。
左手前が拝殿。その奥に見えるのが、速玉宮(左)と上三殿(右)。境内には12の社殿がある。
熊野速玉大社住所:和歌山県新宮市新宮1
TEL:0735(22)2533
参拝時間:5時~17時
神仏習合を象徴する霊場
那智山青岸渡寺(なちさんせいがんとじ)【和歌山県東牟婁郡】
本堂の須弥壇。中央に如意輪観世音菩薩が。奥に高さ約4メートルのご本尊が祀られている。
4世紀、熊野浦に漂着し那智御瀧に辿り着いたインドの僧、裸形上人(らぎょうしょうにん)が開基し、6世紀末に建立したと伝わる那智山青岸渡寺。
開基以来、修験道の開祖役行者(えんのぎょうじゃ)をはじめとする修行者が入山し、神と仏、そして修験道が那智御瀧を中心に融合。熊野信仰独特の自然な神仏習合を象徴する存在となりました。
天正18(1590)年に豊臣秀吉の命により、弟・秀長によって再建された本堂。天然木の古びた木肌が歴史を物語る。左奥に見える朱塗りの建物は、熊野那智大社の社殿。もとは同じ境内にあったものの、明治時代の廃仏毀釈の際、間に柵が設けられた。
「熊野では、自然から旧跡、市中まで、あらゆるところで神の存在を感じました。加えて、神職はもちろんのこと、この地で働き、暮らす人々の日常的な言葉の中にも、神が宿っているように思います」
旅を終えた佐々木さんの感想が、那智山青岸渡寺、そして熊野信仰そのものを表現していました。
那智山青岸渡寺住所:和歌山県東牟婁郡那智勝浦町那智山8
TEL:0735(55)0001
参拝時間:7時~16時30分
(次回へ続く。
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