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草間彌生「自己消滅」と「自己愛」の狭間で変化していく作品の魅力

2025.02.21

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〔特集〕世界を虜にした「前衛芸術家」 草間彌生と花 世界各地で大規模な展覧会が開かれ、その動向が常に世界から注目されている前衛芸術家の草間彌生さん。草間さんといえば、ポップな水玉が代名詞。今号の表紙を飾る草間さんの立体作品もまた水玉に彩られています。と同時に、モチーフとしての花も、草間作品に欠かせない存在です。創造の原点は故郷・松本市の花畑にあります。平坦ではなかったここまでの道程。病と歩み、ひたむきすぎる努力の果てに到達した孤高の存在、草間彌生の花と人生に迫ります。前回の記事はこちら>>

・特集「草間彌生と花」の記事一覧はこちらから>>

前衛芸術家 草間 彌生
1929年長野県松本市の種苗問屋の末娘として生まれる。10歳頃から絵を描き始め、幻視を体験。京都市立美術工芸学校に進学、卒業後松本に戻る。1957年に渡米。ニューヨークでネット・ペインティング、ソフト・スカルプチュア、鏡や電飾を使ったインスタレーションやハプニングなどで活躍し帰国。1987年北九州市立美術館、1989年ニューヨークの国際芸術センターでの回顧展を機に世界的に再評価の動きが起こり、MoMA、テート・モダン、ポンピドゥ―・センター、M+をはじめとした世界各地の美術館で大規模な展覧会を開催、作品も所蔵されている。

創造のメタモルフォーゼ
「自己消滅」と「自己愛」の狭間で

800点以上にも及ぶ「わが永遠の魂」のシリーズから。平らに置いた正方形のキャンバスに四方から描き、描き終えてから上下を決めている。

800点以上にも及ぶ「わが永遠の魂」のシリーズから。平らに置いた正方形のキャンバスに四方から描き、描き終えてから上下を決めている。写真はアトリエで制作中の草間さん。

アメリカから帰国した草間さんは、入退院を繰り返しながら制作を続けますが、1977年に再入院。以後、病院で生活し、アトリエを持ち、自室でも創作する日々が今日まで続いています。贅沢も遊びもせず、ひたすら病と向き合いながら創造に集中する。その病と創造はどう結びついているのか。


《ハーイ、コンニチワ!》(2004)と草間彌生。『クサマトリックス』展(森美術館)にて。少女すべてが、少女時代になりたかった自分だという。「自分大好き」の代表的な表現の一つ。

《ハーイ、コンニチワ!》(2004)と草間彌生。『クサマトリックス』展(森美術館)にて。少女すべてが、少女時代になりたかった自分だという。「自分大好き」の代表的な表現の一つ。

「統合失調症の影響が大きいのではないかと私は思っています。病跡学(著名な芸術家などを精神医学的に考察する学問)の立場からいうと、草間さんは幻聴や幻覚といった症状を出す代わりに作品で表現してきている。そう考えるのにこれほど似つかわしい人はいないと思います」と話すのは、つくばダイアローグハウス院長である精神科医で批評家の斎藤 環さん。

では、草間さんがたびたびいう自らを「自己消滅」させるとは?

「『自己消滅』の一方で草間さんは『自分大好き』ということもよくいっています。彼女の中では『自分大好き』と『自分を消してしまいたい』という衝動が常にせめぎ合っているんです」

《花に包まれた地球は戦争のない平和をまっている》(2009)

《花に包まれた地球は戦争のない平和をまっている》(2009)©YAYOI KUSAMA

《花咲いた地球》(2012)

《花咲いた地球》(2012)©YAYOI KUSAMA

《花園の楽園に降りて》(2013)

《花園の楽園に降りて》(2013)©YAYOI KUSAMA

《花壇に立ちて》(2013)

《花壇に立ちて》(2013)©YAYOI KUSAMA

自分を消すというのは自殺などではなく、単純に存在や主体性をなくしたいといった、もっと抽象的なレベルの話だといいます。

「その表現が水玉です。水玉というのは非常に優れた表現で、水玉が表面に置かれると、すごく平板に見えるようになる。一般的に、水玉は地と図の区別を曖昧にする効果があります。彼女が水玉の効果を自ら発見して作品に生かしたと私は考えています」

《春》(2012)

《春》(2012)©YAYOI KUSAMA

《一人、花園に埋もれば》(2014)

《一人、花園に埋もれば》(2014)©YAYOI KUSAMA

《開花の季節に涙するわたし》(2015)

《開花の季節に涙するわたし》(2015)©YAYOI KUSAMA

統合失調症の病理を作品の創造に展開した作家といえばムンクがいます。

「ムンク以上に草間さんはそれを達成しています。ムンクは病が回復するに従って、晩年絵が平板化していきます。治るにつれて絵がつまらなくなる。ところが、草間さんに関してはそれがない。次々と変化(メタモルフォーゼ)を続けていくんです」

ニューヨーク時代、草間さんは精神分析を受け、病状はよくなったものの制作が止まってしまいます。そして治療を自ら放棄。

「その話をご本人から詳しく聞きました。病気とつきあう覚悟を草間さんはその時決めたのだと思います」

草間彌生×ボタニカルガーデン
キュレーターが語る草間彌生の中の植物・自然

《Starry Pumpkin》(2015)草間彌生が小学生の時、採種場の花々の間に南瓜を見つけた時から長年のモチーフの一つ。写真提供/すべてニューヨーク植物園 Photo: Marlon Co, The New York Botanical Garden ©YAYOI KUSAMA

《Starry Pumpkin》(2015)草間彌生が小学生の時、採種場の花々の間に南瓜を見つけた時から長年のモチーフの一つ。写真提供/すべてニューヨーク植物園 Photo: Marlon Co, The New York Botanical Garden ©YAYOI KUSAMA

草間彌生と植物──まさにそれをテーマとする展覧会が2021年にニューヨーク植物園(NYBG)で開かれました。『Kusama: Cosmic Nature』と題した草間さんの展覧会。そもそも植物園で個展をやる意図とは何だったのか。展覧会のキュレーションを担当した吉竹美香さんは図録のエッセイでこう述べています。

《私の魂は永遠に咲く》(2019)NYBGの象徴でもあるヤシの林立する巨大なパームドームに咲く草間フラワー。写真提供/すべてニューヨーク植物園 Photo: Robert Benson Photography ©YAYOI KUSAMA

《私の魂は永遠に咲く》(2019)NYBGの象徴でもあるヤシの林立する巨大なパームドームに咲く草間フラワー。写真提供/すべてニューヨーク植物園 Photo: Robert Benson Photography ©YAYOI KUSAMA

《木に登った水玉》(2002/2021)植物園内のプラタナスも赤に白の水玉を纏う。写真提供/すべてニューヨーク植物園 Photo: Robert Benson Photography ©YAYOI KUSAMA

《木に登った水玉》(2002/2021)植物園内のプラタナスも赤に白の水玉を纏う。写真提供/すべてニューヨーク植物園 Photo: Robert Benson Photography ©YAYOI KUSAMA

「1940年代の初期の植物スケッチから現在の屋外の花の彫刻まで、自然は草間の芸術活動の中心的な概念であり、一貫して自然の成長パターンと生と死の生物学的サイクルを示している。自然は単なるインスピレーションの源ではなく、彼女の芸術言語に本能的に具現化されている」

日本の戦後美術と現代美術の展覧会を企画してきた吉竹さんは、スミソニアン協会のハーシュホーン美術館、香港のM+でも草間彌生展を手がけてきました。

「松本市の種苗園を営む両親の下で育った草間さんの作品や人生に対する姿勢を見ると、彼女自身が自然であるといえます。人間が植物に意味を与えるのではなく、植物から人生の意味を学ぶという感覚が草間さんの作品にあります」

祖父の温室にて父。植物溢れる温室は草間作品の原点。

祖父の温室にて父。植物溢れる温室は草間作品の原点。

植物園からのキュレーションの依頼は吉竹さんにとっても驚きでしたが、「実際植物園に行き、野外展示したら自然の生命力と草間さんの魂が調合できることがすぐにわかって」と新作の《ダンスかぼちゃ》をはじめ屋外展示を充実させます。

「《Starry Pumpkin》の温室での展示は、小学生の草間さんが種苗場で初めて南瓜を見た時、南瓜が語りかけてきたという話をもとにしています。昼間は太陽の光を反射し、夜は暗闇の中で微かに光る美しい作品です」

《ダンスかぼちゃ》(2020)マケット(ミニチュア模型)の段階で吉竹さんが惚れ込み、メインの新作展示に。写真提供/すべてニューヨーク植物園 Photo: Robert BensonPhotography ©YAYOI KUSAMA

《ダンスかぼちゃ》(2020)マケット(ミニチュア模型)の段階で吉竹さんが惚れ込み、メインの新作展示に。写真提供/すべてニューヨーク植物園 Photo: Robert BensonPhotography ©YAYOI KUSAMA

キューブの内部はミラールーム。外壁をも鏡貼りにすることで植物園と一体化した展示となった。写真提供/すべてニューヨーク植物園 Photo: Robert BensonPhotography ©YAYOI KUSAMA

キューブの内部はミラールーム。外壁をも鏡貼りにすることで植物園と一体化した展示となった。写真提供/すべてニューヨーク植物園 Photo: Robert BensonPhotography ©YAYOI KUSAMA

代表作の一つ、ミラールームは、外側を鏡貼りに。中に入るとカラフルな水玉が無限に広がり、外は風景が映り込んで植物園と完全に同化しています。

「植物に関連する作品があまりに多く、選択はすごく迷いましたが、初期のドローイングやコラージュなども展示しました。絵画作品ではカタログのみに載せた《雑草》(1996年 黒をバックに濃淡のある緑の線で草を埋めつくすように描いた大作)なども素晴らしかったですね」

草間彌生の新たな一面を、訪れた人たちは発見していたといいます。

(次回へ続く。この特集の記事一覧はこちらから>>

この記事の掲載号

『家庭画報』2025年03月号

家庭画報 2025年03月号

取材・構成・文/三宅 暁(編輯舎) 協力/一般財団法人草間彌生記念芸術財団

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