八坂神社と祝い箸のつながり
そして、もうひとつ、このお店には特別な逸話がありました。お正月の準備が始まるのは毎年12月13日。この事始めの朝一番に、市原平兵衞商店のお箸の削掛は八坂神社へ納められます。八坂神社では晦日の夜から元旦まで、魔よけの意味を持つ、おけら火が焚かれ、削掛はその焚き付けとなるのです。吉兆縄に移したおけら火が消えないように、くるくると回しながら持ち帰るのは、京都の風物詩。昔は多くの京都の家庭が、おけら火で台所の火をおこし、雑煮を作っていました。
お正月前に知っておきたいおはし紙の豆知識
著書『京 暮らしの彩り』のなかで、大村しげさんは、おはし紙について、(当時の)店主から教わった情報を次のように記しています。
「おはし紙に、京風と江戸風があることを、先年知った。(中略)ご主人は、京都のは御所風、東京のは武家風やと、おっしゃった」
右が京風で、左が江戸風。お箸の入れ口と水引の位置が上下逆であるほか、京風の口は折らずにまっすぐなのに対し、江戸風では着物の衿合わせのように折り曲げています。現店主の市原 高さんによると、これは必ずこうあるべきという厳格なものではないとのこと。大村さんも「京都で自称古いという料理屋さんで、お正月のお膳の写真が雑誌などに載ると、江戸風のおはし紙がついていることもあり、まあ、どっちでもよろしい、ということかしらん」(『京 暮らしの彩り』)とおおらかに紹介していました。
おはし紙の京風・江戸風は、読者の皆さんの好みにお任せするとして、来年は市原平兵衞商店の伝統ある、祝い箸とともに正月を迎えてみてはいかがでしょうか。いままでと違う正月料理やお雑煮の食べやすさが実感できるかもしれませんよ。
Information
市原平兵衞商店( いちはらへいべいしょうてん)
京都府京都市下京区堺町通四条下る
川田剛史/Tsuyoshi Kawata
フリーライター
京都生まれ、京都育ち。ファッション誌編集部勤務を経てフリーライターとなり、主にファッション、ライフスタイル分野で執筆を行う。近年は自身の故郷の文化、習慣を調べるなか、大村しげさんの記述にある名店・名所の現状調査、当時の関係者への聞き取りを始める。2年超の調査を経て、2018年2月に大村しげさんの功績の再評価を目的にしたwebサイトをスタートした。
http://oomurashige.com/ 取材・文/川田剛史 撮影/中村光明(トライアウト)