【スペシャル鼎談】今、時代に求められるのは「考える力」
107年ぶりとなる夏の甲子園優勝に沸いた慶應義塾高等学校のある日吉キャンパスに、かつてこの地で学んだお三方が集合。慶應義塾長の伊藤公平さん、野球部監督の森林貴彦さん、元プロテニスプレーヤーの松岡修造さんが、時代が求める「考える力」について語り合いました。
（左より）慶應義塾長 伊藤公平さん、慶應義塾高等学校野球部監督・慶應義塾幼稚舎教諭 森林貴彦さん、スポーツキャスター・元プロテニスプレーヤー 松岡修造さん。横浜市港北区にある慶應義塾日吉キャンパスに集まってくださった慶應義塾OBのお三方。後ろに見える白い建物は2020年に完成した新しい日吉記念館。
誰もが考え、学び続けることで個が輝く、よりよい社会へ
野球部の夏の甲子園大会優勝が記憶に新しい慶應義塾高等学校は「塾高」の通称で知られる男子校。校舎のある日吉キャンパスでは、大学生に混ざって、詰め襟の高校生たちが楽しそうに歩いていた。
考えることで生まれる「個」が強いチームをつくる
松岡 夏の甲子園優勝、おめでとうございます。決勝戦のとき、監督はどのようなお気持ちでしたか。
森林 大きく２つの気持ちがありました。１つは“早く優勝を決めて、皆さんを喜ばせたい”。もう１つは“このままずっと試合をしていたい”。4万人の観衆のなか、仙台育英さんという素晴らしいチームと試合をしている時間が本当に幸せで。私たちが目指してきた「エンジョイ・ベースボール」とはこのことだと思いました。
若者たちへの期待が高まりました （松岡さん）
松岡 選手の皆さん、いい表情でしたね。僕だけでなく、試合を観ていた人たちの多くが「今の若者、期待できるぞ！」と感じたと思います。
伊藤 私も「この人たちに将来を任せたら、世の中がよくなるかもしれない」という期待感を抱かせてくれたことが、一番の誇りです。
「結果を出す」ではなく「結果は出る」。そう考えて目の前のプレーに集中した先に優勝がありました （森林さん）。慶應義塾幼稚舎（小学校）の教員で、クラス担任も務めている森林さん。平日は東京・広尾で授業を終えてから、日吉のグラウンドに移動して野球部の指導にあたっている。
森林 ありがとうございます。この2年ほど、メンタル面での取り組みを強化してきたなかで、チームに浸透していたのが、「結果を出す」ではなく「結果は出る」。目の前のプレーに集中すれば結果は出ると考えていたので、選手たちも緊張することなく、笑顔でプレーできたのかなと思います。
松岡 監督は「シンキング・ベースボール」、自ら考えて行動することを大事にされていますね。
森林 はい。自分がいちばん好きな野球を追求できなければ、この先何をやってもうまくいかないと思うんですね。好きなものというのは、本来、誰にいわれなくてもやるし、いくらやっても苦にならないし、うまくなるために追求するもの。うちは、ピッチングやバッティングのフォームも、セオリーは教えますが、自分で考え、追求するのが基本のスタンスです。
松岡 選手一人一人が自ら考えることで、何が生まれますか。
森林 自分が何を大切にしたいか、どういう選手になりたいかという「個」が生まれます。「僕は体が小さいけどホームランバッターになりたいから、こういう練習をします」とか。色の濃い個が集まって、カラフルで強いチームができる、そんなイメージです。
松岡 イメージが広がりますが、指導者にとっては、選手全員に同じ練習を課すより、ずっと大変ですね。
森林 そうですね。「別の練習をしたほうがいいんだけどな」と思いながら、本人が気づくのを待つといったことも結構ありますし、効率がいいやり方ではありません。
松岡 ある意味、待つのは教えるより難しいですが、どうしたら待てますか。
森林 50年生きてきて、ちょっと待てるようになりました（笑）。小学校の教員をやっていると、児童はこちらのいうことなんてやらないのですが、待っていると、いつのまにかできるようになっていたりするんです。そんな経験も生きているのかもしれません。
松岡 待つことで、本人が気づくチャンスを与えているのですね。僕がジュニア選手の合宿で、繰り返し質問をするのも、子どもたちに自分で考えて答えを見つけてほしいからです。
森林 質問は大切ですね。どういう質問をしたら、選手の本心を聞き出せるか、いつも考えています。修造さんに教えていただきたいです。
伊藤 僕は、最初に森林さんが幼稚舎の教員をしながら、野球部の監督をするとおっしゃったとき、びっくりしたんです。前代未聞の挑戦でしたから。でも、今、小学生を見ている経験が選手たちの指導に生きているという話を伺って、感じ入りました。きっとその逆もしかりで、相乗効果になっているのだろうと想像します。
