健康な人の便を活用する「腸内細菌叢移植」
疾患にかかわらず腸から治療アプローチする時代の幕開け
遺伝子解析技術の進歩により腸内細菌が関連する疾患が判明幾度となくメディアで話題になっている腸内細菌叢移植(FMT)。“便移植”とも呼ばれますが、治療に使われるのは便ではなく、便中に棲息する腸内細菌です。「その存在さえわかっていない紀元前から、人類は経験的にヒトや動物の便を病気の治療に活用してきました」と石川 大先生は歴史をひもときます。
【今月の解説者】
順天堂大学医学部 消化器内科
准教授 細菌叢再生学講座
石川 大先生 
いしかわ・だい 2009年、米国ケースウエスタンリザーブ大学IBDセンターで免疫と腸内細菌の関係を研究。14年から潰瘍性大腸炎への腸内細菌叢移植(FMT)を開始。16年より現職。20年、メタジェンセラピューティクス社の創業に参加し、現在CMO。FMTを安全かつ安定的に実施するための基盤づくりにも尽力。
現代でFMTが新しい治療法として注目されたのは2013年のこと。オランダの研究グループがクロストリジウム・ディフィシル感染性腸炎(CDI)の治療にFMTを応用し、抗菌薬を投与する標準治療の成績をはるかに上回る効果を上げたのです。その後、欧米では難治性CDIに対するFMTが認可されました。
日本では14年から順天堂大学の研究グループが潰瘍性大腸炎を対象にFMTの臨床試験に取り組んできました。
「約8年に及ぶ臨床試験の結果、23年1月に厚生労働省の先進医療に承認され、当院を含め全国4施設で潰瘍性大腸炎の治療としてFMTを実施しています(*)」。
同病院のFMTの特色は、腸内細菌叢の生着率を高めるために、前治療として3種類の抗菌薬を5日間服用し腸内環境をリセットすること。そのうえで、健康なドナーの便から作成した腸内細菌叢溶液を内視鏡と浣腸で計3回注入します(図参照)。
腸内細菌叢移植の仕組み

取材およびメタジェンセラピューティクス社HPなどを参考に作成
「移植した腸内細菌叢がうまく生着して置き換わると潰瘍性大腸炎の改善効果は高いです。治療成績を左右するドナーとのマッチングについても長年の研究でわかってきました」。数年後には保険診療になる可能性も高く、日本人に適した腸内細菌叢溶液を安定供給するための便バンク開設など基盤づくりも急ピッチで進められています。また、腸内細菌叢製剤も開発中で、併用療法などの広がりが期待されています。
一方、細菌の遺伝子解析技術の進歩により腸内細菌とのかかわりが深い疾患が次々に判明しています。潰瘍性大腸炎や大腸がんに加え、パーキンソン病、食物アレルギー、アトピー性皮膚炎、1型糖尿病、動脈硬化、多発性硬化症、うつ病、自閉症、肥満との関連も注目されています。こうした動きに伴い、パーキンソン病や消化器がん薬物治療でのFMTの臨床試験も始まりました。
「腸内細菌叢をコントロールすることで、治療のみならず予防することも可能です。腸からアプローチして病気を治す・予防する時代がまさに今、幕を開けようとしているのです」。
*先進医療の参加症例数に達したため、現在、登録受付は終了しています。
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