1.「不老不死」の到来は、人々を幸福にするのか!?
慶應義塾大学医学部
腎臓内分泌代謝内科教授
第19回日本抗加齢医学会総会会長
伊藤 裕先生 いとう・ひろし 京都大学医学部卒業。同大学大学院医学研究科博士課程修了。専門は内分泌学、高血圧、糖尿病、抗加齢医学。京都大学大学院医学研究科助教授等を経て2006年より現職。高峰譲吉賞、井村臨床研究賞など受賞多数。「メタボリックドミノ」概念の提唱者として知られる。伊藤 日本人の平均寿命が100歳になるのは夢物語ではなく、「2007年生まれの子どもの半数は100歳まで生きられる」という研究報告もすでにあります。これが現実のものとなったとき、人々は果たして幸福でいられるのかーー。
その大きなヒントが山田先生の傑作『百年法』の世界にはあると思うのです。この小説では、不老不死が実現した社会で突如制定された生存制限法をめぐり翻弄される日本人の姿が描かれています。現実の社会とは真逆の“年を取らない人々であふれる”社会を設定されたのはなぜですか。
作家
山田 宗樹先生 やまだ・むねき 筑波大学大学院農学研究科修士課程修了。製薬会社で農薬の開発に従事した後、1998年に『直線の死角』で第18回横溝正史ミステリ大賞を受賞。2003年に発表した『嫌われ松子の一生』は映画、ドラマ化され大ヒット。13年に『百年法』で第66回日本推理作家協会賞を受賞。山田 あの小説で描きたかったことの1つは、本能と理性の闘いです。“生きる”ということは人間の本能的な欲望ですが、それは“年老いて死んでいく”という大前提のもとで成り立っています。
ある技術の登場によってこの前提が崩れると、本能は暴走することになる。そして、それを制御できるのは理性しかないと考えたのです。こうした本能と理性の闘いを描くのに不老不死の社会設定はちょうどよかったのです。
伊藤 小説では“生きたい”という本能が暴走する中、人によって選択する運命がずいぶん違っていましたね。
山田 当然そこには格差が反映されてくると思います。たとえば、先端医療技術を手に入れられる人とそうでない人とではおのずと選択肢は分かれてきます。先端医療技術の発展が人々の不公平感を加速させる可能性もありますが、それ自体は止めるべきではないと思うのです。ただ、使い方を考えていかないと災いのほうが大きくなるでしょう。
伊藤 社会の階層がどんどん分かれていかないように、それぞれが自分に適した環境空間で暮らせる冷静な判断が求められるということですね。
山田 はい。想像力を働かせているかぎりはトラブルを防げるはずです。だから、私は人間の理性を信じたい。ところで今、とても興味があるのが不老不死の技術です。抗加齢医学の専門家である伊藤先生は実現可能とお考えですか。