2.医学的に「不老不死」は可能な時代に?
伊藤 医療技術は発展しているものの、ヒトは生物学的に115歳を超えられないことも明らかになってきています。人間が持つ遺伝子を操作するだけでは不老不死を実現するのは難しいでしょう。ただ、人間の定義を変えれば、それはあり得るかと。
先生が小説『代体』で描かれていたように、人の意識をほかの身体(人造人体)に転送する技術を使った場合も人間としてみなすと社会が認めるようになれば、今後、不老不死は実現できるかもしれないです。
山田 私には、生物が死ぬのはプログラムされたことだという認識があります。つまり、老化とその先にある死は進化の過程で獲得したものだと考えているのです。
細菌やがん細胞は老化しないで無限に増殖しますが、人間をはじめ動物は老化して死ぬように身体がつくられている。だからこそ、世代交代しながらさまざまな環境の変化にも対応できる多様性を生み出すことができたのです。
進化するために獲得されたものならば、それを止めたりなくしたりすることも理論的には可能な気がします。医学の世界では、どのように捉えられていますか。
伊藤 先生がおっしゃるように30億年前に誕生した我々の祖先である真核生物は、世代を超えて遺伝子を残していくために老化や死という犠牲を払い、遺伝子がリニューアルされる“種の保存システム”を選びました。
このシステムが継続するかぎり、今の医療技術は個体の終焉を先延ばしすることしかできないでしょう。ただ肉体は滅びても、遺伝情報を残し続けることが新たな生きる定義となるのなら、次の世代によりよい形で効率的に遺伝情報を残せるようなまったく違うアプローチがあってもいいと思うのです。
山田 今後、医療面で期待できそうなアプローチとしてはどのようなものが考えられますか。
伊藤 近年、受精後1000日間で将来の疾病リスクなどを決定する、健康プログラミングの重要な部分が形成されることがわかってきました。
しかも、その個体がつくる精子や卵子の運命もこの時期にある程度決まるため、次の世代にまで影響を及ぼすことになります。そこで、子どもが誕生するときに介入を始める新しい医療の動きが出ています。ただ、この方法では不老不死は実現しないでしょう。
山田 そうですか。私が不老不死に期待しているのは、人類が宇宙に進出するときに不老化技術が不可欠だと思っているからです。
伊藤 なるほど。『百年法』では「ヒト不老化ウイルス」により不死が実現する設定になっていますね。ウイルスの力で遺伝子を改変させることを考えられたわけですか。
山田 そのとおりです。
伊藤 遺伝子を改変して個体の寿命を延ばすのは限界があると思います。先生もこういうやり方には綻びが出てくることを見抜いていて小説の中でちゃんと提示されている。そこに先生の慧眼があると感心しました。やはり理論的に無理がありますよね。
山田 ええ。不老化しないのはがん細胞も同じですから。『百年法』で描いたように、不老化した身体にがんが多発するのも自然の摂理だと考えました。
伊藤 いずれにせよ、我々医学者が従来のパラダイムの延長線上で研究しているかぎり、やはり人は死ぬことをまぬがれないですね。
特集「幸福寿命」、この対談の続きは明日18日配信予定です。 〔特集〕人生百年時代を迎えて“生きる”を問う「幸福寿命」
撮影/八田政玄 本誌・西山 航(静物) 取材・文/渡辺千鶴 撮影協力/ホテルニューオータニ博多
「家庭画報」2019年5月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。