藤田はマーケットインの発想を持つ戦略的な人
投資会社を運営している経営者としての視点から、安東さんは「藤田はとても戦略的な人だ」と見ています。
素直に時代の気分などをくみ取りながら、「何が好かれるか」「自分らしさを売り込めるのは何か」を常に考える人だからこそ、時代ごとに違う画風の絵が描け、しかもそれぞれが評価されたのだ、と。経営学の用語でいうと、プロダクトアウトではなくてマーケットイン。
みんなが求めているものを作っている藤田はまさにマーケットインの人。藤田の人としての面白さにも、安東さんは魅力を感じているのです。画家としての技量、人としての魅力に惹かれて蒐集した作品は、昨年、軽井沢安東美術館がオープンした後も増え続け、今では約200点を数えるまでになっています。
なぜ美術館を建てることになったのか
安東さんが還暦を迎える頃、周りで同年代の人たちがバタバタと亡くなり、死というものを意識するようになりました。蒐集した藤田の絵はその当時ですでに100枚を超えていましたが、「自分が死んだらこの絵たちはどうなる……」という不安が脳裏をよぎり、美術館建設を漠然と視野に入れるようになりました。
作品を散逸させない手段としては、どこかの美術館に寄贈、寄託するという方法もありますが、それを選択しなかったのには理由があります。
安東さんのコレクションには「家族の物語」があるからです。本当に大変な思いの中で、奥さまはじめ家族の支えがあって蒐(あつ)められた作品たち。物語性がないまま、どこかの美術館に収められても「生きたコレクションには決してならない。ドラマや思いをそのまま大切に残したかった」と安東さん。
だからこそ、悩み苦しんでいた時代に藤田の絵によって癒やされていた自宅の佇まいを再現した美術館の建設を心に決めたのです。