谷松屋戸田商店 季節の茶花(最終回) 谷松屋十三代目当主の戸田 博さんが、茶席の花について語ります。3月の花は「雲南木蓮」です。
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3月 雲南木蓮(うんなんもくれん)
奇跡のめぐり逢い
語り/戸田 博
一年間、茶花を撮影することになった時、私には使いたいと思う花が一つありました。それがこの雲南木蓮です。
力強い桃山の信楽花入に負けぬ存在感と楚々とした風情を持ち合わせた雲南木蓮の白い花雲南木蓮(うんなんもくれん)
信楽花入 桃山時代
戸田さんたちを魅了した雲南木蓮。常緑で葉っぱがあることも、茶花として使いやすくてよいという。「白い蕾の形もいいでしょ。楚々とした姿ながら、この花だけでじゅうぶんに存在感があるんです」。
出会いは10年ほど前で、東京の根津美術館で毎年3月末に行われる大師会茶会の花として使ったのがきっかけでした。ちょうど椿が終わり、初夏によく使う大山蓮華(おおやまれんげ)などがまだ出てこない時季。一種だけで花器と釣り合いが取れるような花材に恵まれず、小林はその調達に頭を悩ませていました。
理想形の花の背後には、切り落とした枝や葉、花がある。花長の主人は、小林さんが雲南木蓮の枝を選べるよう多めに切ってくださった。「切る前に彼は木に手を合わせていました」。
青山の「花長(はなちょう)」の主人に相談すると、「これはどうですか」と自宅に地植えして育てている雲南木蓮を分けてくださったのです。私も小林も初めて出会う花でした。床の間に入った姿を見て「ええ花やな。植木ほしいなあ」と探し始めたのですが、インターネットなどで調べてみても、出てくるのはよく似た名前の雲南小賀玉(おがたま)という植物ばかり。雲南木蓮は見当たらないのです。
数年の月日が過ぎ、今度は大阪美術倶楽部の大美茶会で釜をかけることになりました。その時も花長さんにお願いして東京から雲南木蓮を取り寄せました。花を入れていると、稲葉 京(いなば たかし)という友人がやってきて、「これが探していた雲南木蓮か、いい花だな」と。我々はそれだけこの花の噂をしていたのですね。
稲葉くんについては
こちらの記事でも紹介しましたが、美の達人であり、花の名手。その彼ですら見たことのない花だったのです。彼は住まいがある伊豆へ帰ってから地元の植木屋さんに行ったのですが、偶然5、6株くらい見つかった。「あったよ!」と電話が入り、すぐ買い占めて分けてもらいました。
それからは我が家の庭にはこの季節になると雲南木蓮が花をたくさんつけるようになりました。しかし、植木屋さんにそれ以来雲南木蓮が入ることはなく、その時はどうも何かの拍子で入ったけれど植木屋さんもそれが何かよく知らなかったという。まことに奇跡のめぐり逢いとしかいえないような花だったのです。
このように、これまで私は素晴らしい道具と出会った瞬間、あるいはそこに入る一輪の花と出会った瞬間に、「ああ、ええなあ」と感じる幸せをいくつも経験してきました。
今の私にできることは、形式的な茶の湯の話ではなく、心を喜ばす瞬間をもたらす茶の湯について少しでも皆様にお伝えすることと思い、一年を通してお話ししてきました。このことがこれから茶の湯に接する方や、その渦中で迷われている方への励ましになれば幸いです。
多くを語ることを苦手とする私ですが、お伝えしたいことはある。この連載をとおして、茶の美への道筋へと少しでも誘いざなえればと願います。